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実在していた!幻の建造物〈東浜御殿〉

徳川御三家・尾張初代藩主の城と御殿 将軍のための〈東浜御殿〉

 

名古屋では例年は郷土英傑行列もあり、三英傑(織田信長、豊臣秀吉、徳川家康)にゆかりのある土地。

今の日本の礎ともいえる偉人が多く存在しています。名古屋に住んでいなくてもご存じの方は多いかと。そんな戦国~江戸時代にかけて、多くの武将がいる中でもとくに名古屋に縁が深いのが徳川家康の九男・徳川義直。そして名古屋城は父である徳川家康が息子・義直のために建てた城。義直は若干4歳で甲斐国(今の山梨県)の25万石の領主となり、その後、13歳で約62万石の藩主として尾張藩を治め、名古屋城の初代城主となっています。

 

名古屋城は金のシャチホコや本丸御殿、近年は‘名古屋おもてなし武将隊’によるおもてなしでも有名ですが、その名古屋城の初代城主・義直が造ったと言われていたのが「東浜御殿」。こちらは熱田神宮のそば、「宮の渡し」(*七里の渡しとも。現在は「宮の渡し公園」)の東にあったとされています。宮の渡しは東海道随一の宿場町・宮の宿として発展してきた場所でもあります。

その宮の渡しから出島のように突き出た海上城郭として建造されたと言われている東浜御殿。そこは江戸時代、徳川将軍を泊めるために海上に造られた宿泊施設だったと言われ、その壮大さは目を見張るものだったと伝えられていたそうです。江戸初期に建てられ、明治初期までの約230年で泊まったのは三代将軍・家光ただ一人だったとも。歌川広重や葛飾北斎など名だたる浮世絵師にも描かれていた謎多き御殿。

 

現在は跡形もなく、資料も殆ど残っておらず、ずっと幻とも言われていたのですが、2018年、17世紀に作られた間取り図が発見されたことで実在した建造物であると証明されました。その東浜御殿を義直はどんな思いで建造したのか。そして義直自身、どのような人物だったのか。もし現存していたのなら名古屋の一大名所になったであろう東浜御殿とともに円銘建設の加藤さんが作成された美麗なYouTubeで楽しみながら学ぶことができます。

 

余談ではありますが義直は文武両道に優れていた人物とされています。勉学を好み、父・家康より多くの書物を譲り受け、それに自ら収集した書誌を合わせ「蓬左文庫」と称し「門外不出にすべからず」と命じ広く公開。これが日本における図書館の始まりとされているそう。そんな人物が造った建物はどんなものだっただろう…と悠久の歴史を感じながらYouTubeを観るのもひとつの楽しみ方ですね。

 

 

 

 

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