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取材記事

「知育ism」

多彩な子どもを育てる母 ~Andyママの一流の子育て

単身でフランスに渡り、言葉も通じない中から4か月という短期間で言語をマスター。現地の人とのコミュニケーションも上手に取りながら、そのとき目指していたデザイナーという仕事へまい進し続けたAndy。

現在はAndy自身がこれまでの人生で感じてきたことを活かした教育コンサルティングやコーチング業へと次なる分野へと視野を広げています。そんな多彩で多才なAndyを育てたお母様にこれまでの子育てについてお話を伺いました。

自分で考えて行動できる子に

息子が保育園の頃、私は⼦育ての⽬標を⽴てました。 素質を活かした⼦育てをしよう、と考えたのです。
友だちへの優しさや好奇心、探求心の多さ。怖がりなところや身体バランスの良さ…。そんなさまざまな素質を日々目の当たりにし、「逞しくて優しい⼦に育てよう!」と思いました。

〈優しい⼦〉…⼈の中で育てる、物語や映画の世界に触れる、動物に触れる。
〈逞しい⼦〉…安⼼してチャレンジできる環境を提供し、⼀緒に楽しむ。⾃分で考える習慣づくり。

この二つを意識した子育てで私の声掛けは、「⾃分で考えてなんとかしてみて」 「どうやったら出来ると思う?」「今⽇は何して遊ぶの?」は未来への期待と信じて。また、⼩学3年⽣から始めた⾺術は⾝体のバランスが良かったことと、動物のお世話をすることで、情操教育にも繋がると思って親子ではじめました。

息子が6歳の時に主⼈とは死別しています。だからこそ、私も⼀緒に楽しむことで、親⼦の共通の話題ができ、難しい思春期になった時にも、きっと役に⽴つ、という想いでした。馬術は何より本⼈が⼀番楽しそうでした。何か得意があったらきっといい。これだ!『9歳の壁』が来る前に、好き・得意にできたら、と思ったのです。

 

この頃から「⾃分で考えて⾏動できる⼦に育てよう!」が⽬標となりました。もし、万が⼀、東京のド 真ん中で迷⼦になっても⾃分の⼒で安全に私のところまで帰ってこられる⼦になるように。その思いもあり、7歳から11歳まではボーイスカウトにも所属していました。

 

一流との出会い

そんなふうに子育てしていましたが、中学に⼊ると、決まりやこうあるべき、が最優先の学校教育に馴染めずに不登校や別室登校になりました。従来の教育が合わないと感じるほどで、その頃の成績はドベから数えたら優等⽣でした(笑)。

息子とどう向き合ったらいいのか悩んだ私は、⼼理学やコーチングを学び漁ったり、インターネットで情報を探しました。そんな時にある運命の出会いが。⼀⼈は、メンタルの世界で活躍されていたs⽒。その方より⼀流のメンタリングを学びました。そして、もう一人は『7つの習慣』を全世界に広めたロイス・クルーガー⽒。13歳だった息子と共に⼀流たちから学びました。その体験から「僕は、ロイスのような⼤⼈になって世界中の困っている⼈を助けるんだ。彼のようなコンサルタントになりたい!」…息子の中に⼤尊敬できる世界の幸せな本物の⼀流のロールモデルができた瞬間でした。 そして、私は「この⼦は、きっとそうなる。私は世界の幸せな本物の⼀流を育てる⺟になろう!」と決めたのです。

ロイスに出会った翌年、馬場馬術競技で多くの人は一年ほどかけて馬とのコンビネーションを行なうところをたった3ケ⽉で調整し、全日本の大会に出場。そこには⼀流たちから学んできたメンタリングと⽣まれて持った⾝体のバランスの良さ、純粋な⼼で⾺と⼼を通わせることが出来たという素質が掛け合わさり、⽣まれた奇跡がありました。

親子で馬術にのめり込み、息子のサポートをしてきた私ですが、それ以上に息子の習得力の凄さに気付き、天才性を感じとるように。そして、『誰に学ぶか?誰に教えてもらう か?』が⾮常に重要だと気づいたのです。

そこで⾼校は、⾺術を思い切り続けられる環境と息子に合った学校を⼀緒に選び、屋久島おおぞら⾼等学校(現・KTC おおぞら⾼等学校)へ。通信制でサポート校に通うスタイルで、従来の⽇本の教育とはかけ離れた教育方針の下、ホリスティック教育を受けました。⾺術を続けれるようにと決めた高校でしたが、息子はそれを極めることよりも新たな選択をすることにしました。

それはカナダへ半年間の語学留学。英語をマスターしただけでなく、様々な⽂化、国籍、人種の⼈たちとの交流や⼤⾃然と触れる日々を過ごす生活の中で、『服』への関心を持ち始めたのもカナダでの生活。息子の中の何か⼤切な扉が開いたようで。16歳になった息子は別人のように大きく逞しく成長して帰ってきました。

帰国後は⽣徒会の執⾏役員や、中⽇新聞教育報道部の記者さんとのご縁より⾼校⽣記者となり、池上彰⽒の取材班に抜擢されたり、東京⼤学の教授の哲学対話の授業を受けたり…と学びや体験はますます広がりました。同じ頃、私が通っていた⽇本メンタルヘルス協会の⼼理学の講座を受け、初級カウンセラーの資格も取得。「⾼校⽣カウンセラー」として多い時は⽉に50⼈のカウンセリングを行っていました。メンタルヘルス協会の主催者も「半年の初級講座だけでカウンセリングができる⼈は本当にまれ」だと言うほどに。

 

 

私は私でその頃から、⼼理学、コーチング、ボイストレーニング、メイク、などを習い、 また会いたいと思った⼈には東京や⼤阪まで出向いていた。プレゼンの⼤会にチャレンジしたり、⼈⽣を変える合宿に参加してみたり。そんな中で出会った⼈たちとのご縁が息子にも繋がって。ロシアの⾼校⽣の⼦たちとの交流やバングラディシュでのボランティア、ノーベル平和賞受賞のモハマド・ユヌス⽒との出会い、ベラルーシの学校への訪問、⾼校教師とコラボセミナーを開催したり…と、とにかく濃すぎる⾼校⽣活を送ることが出来たことに感謝。全ては体験から学ぶためと、時間とお⾦とエネルギーを注いだ結果でもあります。 私が⼦育てから学んだこと。それは、〈親が⼦に教えられることなんて本当にほんの少ししかない〉ということ。

 

本当は「子どもが先生」

その⼦の素材を⾒極め、合った環境を提供し、応援し、「⼤丈夫!あなたなら必ず出来る!」 とどこまでも信じて⾒守る。その時その時やってくる壁も、⼦ども⾃⾝が乗り越える⼒を持っている!と信じること。それは、親⾃⾝が⾃分を信じることが出来るかどうかを試されることでもあります。⼝出ししたくなる気持ちもグっとこらえる忍耐が必要。⼦どもにとって必要なことは、⾃分で学び取れるはずだから。 環境を与えたら、あとは放牧。何に興味を持つか?何を選ぶか?は⼦どもの課題。親は⼝出ししてはいけない。相談に来たら、「お⺟さんは、こう思うよ。」と伝える。⼦どもの話を ただただ頷きながら、承認しながら、じっくりと聴く。対話する。 これからの21世紀は、⾃分で考えて決めて⾏動できる⼈だけが⽣き残れる。なぜなら、AI の世界が発展するから。

 

息子のAndyは、いま、21歳。他に似たタイプの⼦には会ったことがなく、⽇本の旧式の学校という枠組みには…いえ、⽇本という枠組みには収まらない⼦だったと思います。 そんな中、「どうしたらこの⼦の才能や⼒を伸ばすことが出来るか?どうしたら幸せに⽣きられる⼦ になるか?どうしたら持ち味を⽣かせるようになるか?どうしたらチャレンジしていける⼦になるか?どうしたら?どうしたら?…。」 そんな問いの連続だった21年間。

 

そんな日々の中では、周りに合わせることや、先⽣の⾔うことを聞けることが良いこと、そんな⽇本の学校の⾵潮に潰されそうになったこともありました。それでも、「潰されてたまるか!!!この⼦は、天才。幸せに⽣きていける⼦になるように私は私の⼦ 育てを⾒つけて育てるんだ!」その思いを大切に、⽊々の⽣い茂るジャングルの中を素⼿で開拓してきたような子育て。向かいたい方向や場所すらわからないことも。それでも遠くの⽅に⼩さくぼんやりと⾒える光だけを頼りに、その時その時を決めて進んできたのが私の子育て。

 

そして、子どもの『失敗という経験』を責めたり評価するのではなく、赦す親でいたいと思います。転ぶことも受容れる。相談されたら、一緒に考える。なぜなら、成功の反対は失敗ではなく、『何もしないこと』だから。私もまだまだ人として、親として、学ばせていただけることに感謝しています。

~私の⼿を⾶び出し、世界へと⽻ばたくだろう息子。私が親としてできることは全てやり切った、と今は⼀点の曇りもなく胸を張って⾔えます。だって私は、世界の幸せな本物の⼀流の⺟ですから!

 

 

 

*寄稿いただいたものを一部抜粋及び編集しております。また、息子さんの安藤克真さんは現在Andyの名で活動しているため、その名前での表記もしております。