1. HOME
  2. 知育ismな「人」
  3. 未来のホワイトハッカー 〈光澤加偉さん〉

知育ismな「人」

未来のホワイトハッカー 〈光澤加偉さん〉

中学受験をし、中高一貫校に通っていた光澤加偉さん。そのまま進めば大学へもスムーズに進学できる環境があったにも関わらず、自己実現のために高校2年生で転校することを決めた経緯やその夢について伺いました。

 

「やりたい気持ち」を抱えて

パソコンデビューは2歳頃だったと思います。勝手に触ると父に叱られたのですが、休日の朝に1人早起きしてパソコンを開けるのが密かな楽しみでした。お気に入りだったのは撮り溜めた写真を整理すること。父の膝の上で様々な機能を見ているうちに自分もキーボードを触りたいと思い始めました。小学生からはプログラミングに興味を持ち始め、本を読み漁りましたがそれ以上に自分でコードを打ってみたい思いに。が、ほどなくして中学受験塾へ通い、中高一貫校に入学するとバスケ部に入部。パソコンに触る時間はほとんどなかったものの、プログラミングの夢は諦めていませんでした。

 

「次の一歩」を見つける

その後、バスケ部を引退。このまま普通科の授業で時間を削り、やりたいプログラミングはいつ学ぶのか?…と悩む日々。高校の入学祝いで父からMacのパソコンを買ってもらい、その夏は短期のプログラミング教室に入ったことでさらに自分の夢を確信しました。プログラミングは専門用語が多く独学での限界を感じていた頃、友人からN高の存在を聞きました。そこはプログラミングクラスがあり、トップエンジニアから指導が受けられる。驚きとともに今までのモヤモヤは消え、進む道はこれだ!と決心しました。

 

リスクよりも「先に進む力」を

すぐに自分で資料を取り寄せ、母に反対されることを覚悟して相談すると予想外にも賛成してくれました。父も今の高校に未練は無いか、そのまま大学へ行けるのを捨てても構わないかとだけ確認されました。全く無いというと、頑張れ!と背中を押してくれました。さらに担任や校長先生も意志を尊重するよ、将来立派なエンジニアになって遊びに来てほしいとお声をいただけ、高校を後にしました。

転校したN高は様々なイベントやカリキュラムがありました。コンテストやプレゼン大会、有名資家による投資部での活動や著名なエンジニアとの出会いなど、どれも刺激的。学ぶことが楽しい毎日でした。プログラミング以外にも世の中の経済や社会の動きなど様々な分野を学べました。今春からは慶応義塾大学 環境情報学部へ進学します。大学でも技術的な知識や経済について幅広く学んでいきたいです。

 

ネットは使ってあたり前

今の社会でネットの無い環境は考えられないでしょう。だからこそネットを利用するのは何歳からでもいいと思います。ただ、そのスタートをする為にはしっかりとルールを設け、子ども自身の判断能力を身に付けることが大切。便利で誰もが気軽に利用できる反面、怖いものであることもしっかりと学んでほしいです。SNS を通じての広がりが大きいからこそリスクが大きいことも昨今では問題視されています。だからこそ一人一人のネットリテラシーを高めていくことが必要です。

人々の生活を守りたい

夢は「ホワイトハッカー」です。パソコンで情報管理されていることが主流な今、企業も国もサイバー攻撃を受けない様にセキュリティ対策がされています。しかし、残念なことに他者の利益を奪おうとする存在も変わらずいて。そんなサイバーテロと戦い、脆弱性と言われるセキュリティの穴を防ぐ存在が「ホワイトハッカー」。小学校の卒業文集で将来の夢をプログラマーと書いたのですが、そのきっかけは名和利男さん。小学生の頃、TV番組でサイバーセキュリティのトップガンと紹介され、様々なサイバー攻撃から日本を守っている名和さんに強い憧れを抱きました。また父がコンピューター会社に勤めており、その怖さも聞いていました。パソコン一つで人の生活や命が脅かされることに憤りを覚えます。だからこそ知識と技術を習得し、ホワイトハッカーとして人の生活、国を守れる存在になりたいです。

 

 

一人でパソコンと向かう仕事への憧れが高い加偉さんでしたが、明るく親しみやすい笑顔にはオフラインでの関わりも大切にされているのを感じられました。そんな明るさとホワイトハッカーとしてのスキルで私たちの生活を笑顔で守ってくれる未来が待ち遠しいです。

 

今回、たくさんのお話を伺った中で気になったのが加偉さんを育てたお母様の存在。「学校をやめる」など大きな決断のとき、どんな気持ちになられたのか、そしてどんなふうに寄り添っていったのか…。その辺りについてお話を伺いました。こちらについても改めて載せていきますので楽しみにしててくださいね。