栗木イズムとは、「いろんな出会いを大切にする。」
今年の3月に市立幼稚園を退職された栗木さん。あの緊急事態宣言の中、当たり前の日常を絶たれ改めて実感したことがあったという。そんな栗木さんにお話を伺いました。
今までの日常が尊いものだと改めて実感
3.11の東日本大震災があった頃、自衛隊に勤務するお父様がたくさんみえる園にいました。被災地に向かったご主人を案じながら、一人で家庭を守り子育てに奮闘するお母様たちの姿がありました。
地震・豪雨などの災害は、一瞬のうちに尊い命やこれまでの平穏な生活を奪い去ってしまいます。全国の園長会で熊本地震・西日本豪雨の被災地でその時のお話を伺う機会があり、何事もなく過ぎていく日常がどれほど尊く有難いものかということを身にしみて感じました。
世の中には震災等で家を失い食べ物に困っている人たちもいる。コロナ禍の中、不安は募るけれど、刻々と変化する状況にもっと不安を抱えながら命がけで頑張っている人たちのことを思うと、今自分にできることに一生懸命になれる状況があることを幸せに思います。だからこそ、一日一日を大事に過ごすことが大切だよねと、子どもたちや保護者の方々、そして先生たちにも話してきました。
―当たり前の日常を大切にする。分かっているようで、つい忘れがちなこと。栗木さんのお話を聞いていると、何か他に強い思いを感じられるのですが、何か元となる体験などあったのですか。
被災地支援で思ったこと
在職中は、全国の国公立幼稚園・こども園長会や同PTA連絡協議会でたくさんの方々と出会いました。4月に熊本地震が起きたその年の8月には全国国公立幼稚園・こども園PTA全国大会が熊本で開催される予定でした。大地震による大きな被害の直後であり、難しいと思われていたその大会はなんと開催されたのです。未来を担う子どもたちの幸せを願って何年も前からこの大会に全力で取り組み頑張ってこられた熊本県の園の先生方、保護者の方々を始めとする多くの関係者の皆さんの幼児教育への熱い思いや復興にかけるエネルギーに強く心を打たれました。
園長会の副会長の仕事をさせていただいていた昨年には甚大な被害をもたらした西日本豪雨災害がありました。河川の氾濫により濁流に流されたり浸水したりして、遊具や絵本、ピアノなど失った子どもたちに少しでも園での生活を取り戻せるように、熊本地震の時と同様に支援を呼びかけたところ、全国の国公立幼稚園・こども園の保護者の方や園の方たちからたくさんの支援金が集まり、一日も早い復興への祈りを込めた温かい心と共にお届けすることができました。会長の迅速な被災地での状況発信とその地の子どもたちを守ろうと頑張る方たちへのエールは全国各地に広がりつながりました。
他人事ではなく、自分事として
当時の園長会会長の全国への発信の中で「他人事ではなく、自分事として」というメッセージが響きました。地震・台風・豪雨などの自然災害は自分の生活する地域でなければ、時間とともに他人事として過ぎてしまうことってありませんか。被災地でのお話を伺うたびに自分の身に置き換えて、自分にできる支援は何かと真剣に考えたり、日常生活を送れることへの感謝の気持ちを実感したりしました。自分事として受け止めたなら、頑張る力が湧いてくるし、前向きになれる。被災地で復興に頑張っている方のことを考えたなら自分の目の前のことは何とでもできるような気がします。
幼児期の体験に勝るものはなし!
幼児期こそ、メルヘン(想像)の世界に身をおくことが出来ると思います。それを大事にしてほしい。子どもと芝生に寝転がって空を見上げていると、風に乗って動いている雲をいろんな形に見立てて楽しむんです。雲一つない青空を見て「雲はどこに行ったのかな?」とつぶやくと「今日はかくれんぼしてるんじゃない?」と子どもって素敵なことを言うんです。
風の心地よさや氷の冷たさなど、身近ないろんなことを肌で感じてそして心動かして、そういう感性ってまさに幼児期に必要なこと。それを保護者の方も一緒に楽しんでほしいし、共感してほしいし、大事にしてほしい。「体験」と「共感」ってとても大事だと思うんです。
いろんな食べ物に出会わせて
コロナ禍で健康を保つということがどれほど大事なことかと感じています。大学で「健康」という授業を受け持っているのですが、学生さんたちに好き嫌いを聞くと、結構多いんですね。私は、おかげさまで何でも食べられます。それは、幼い頃、母親が根気よく時間をかけて食べられるようにしてくれたから。例えば、箸で食べにくいお豆は爪楊枝に刺してお団子のようにしてくれて、私が一口で食べると「おいしいね」って喜んでくれたのを覚えています。なんでもおいしく食べられることってとても幸せなことだなって感謝しています。在職中に保護者の方にもお話していましたが、自分の苦手なものやご主人が嫌いなものって、食卓に乗らないことが多いですよね。でも、工夫次第でお子さんは食べるかもしれない。コロナに負けない体づくりのためにもぜひ、いろんな食材に出合わせてなんでも食べれる子に育ててほしいなと思います。
いろんな方法で子育て、気付いた時がスタート
自分がどのように育てられたのかで、その育て方のように子育てってこうあるべき!と思うことって多いと思うんです。でも、いろんな関わり方があることを知ってほしいと思います。子育て中はストレスを抱えることが多くて、イライラしている時、つい子どもにあたってしまうことがあるかもしれません。
ちゃんとしつけなくちゃと思うあまり怒ってばっかり・・・と自分を責めて思い悩むこともあるかもしれません。そんな時は、自分にあったストレス発散法を見つけてください。音楽を聴くのもいいし、太陽の光を浴びるもいいし、大声をあげることだっていい!
それから、自分の関わりを振り返って「もっとこうすればよかった」と後悔することもありますよね。でもね、「気づいた時がスタートで大丈夫」この言葉は、現場にいるときにセミナーでお招きした講師の方から教わりました。子育てに手遅れはないよ、こうしてみようと気付いた時を大切にして、いろんな方法で子育てを楽しんでほしいと思います。
子育ては3密ありき
子育てや保育現場って、実は3密ありきなんです。私なりに考えた3密があります。
一つ目は、密接に触れ合ってほしい。仕事がある方や毎日の家事に疲れて、寝る前に絵本を読み聞かせているとき先に寝てしまうことってあると思います。ごめんなさい!なんてことがたくさんあったりしますよね。でも、その親子の触れ合いの時間はとっても大切!時間は短くてもその中身は密にしてほしい!親子の肌の触れ合い、ぬくもりは子育てには決して欠かせないものだから大事にしてほしいです。
二つ目は、見つ(密)め合う眼差し。今ってマスクをしていると「目」しか見えないですよね。でも、表情って目(アイコンタクト)でも伝わるんです。家事に追われて忙しい時に子どもが話を聞いてほしいと言ってくることありますよね。そんな時も、目と目を合わせて聴いてほしい。目を合わせて「聴く」ことで子どもは心で受け止めてもらえたと感じてくれると思います。
三つ目は、見つ(密)けようね、変化を。子どものちょっとした変化を見つけてほしいなと思います。外ではマスクをしていても、家の中ではマスクを外して、子どもたちの表情もしぐさもつぶやきも心の目でよく見て聴いて変化に気付いてほしい。
コロナ禍の今だからこそ、密に心も体も触れ合ってほしい、そう思います。
出会いは広がりつながる
人生の困難を乗り越えていくには、「心の支え」が必要だと思います。その成分は愛情100%でできていると私は思っています。このコロナ禍、様々な状況の中で苦しい思いや問題を抱えている方もみえると思います。心の内にため込まないで、誰かに伝えてほしい。私自身、自分だけでは抱えきれない苦しさを感じた時には、先輩方や自分のことを理解してくれている友人にいろいろと聴いてもらいました。聴いてもらうと「辛いことは自分だけじゃない、みんなそれぞれに乗り越えて今があるんだ」と分かって心が軽くなります。
子育てでも「あなたは一人じゃないよ、あなたのことを大事に思ってくれる人がたくさんいるよ」と感じられるような愛情が伝わる関わりをもってほしいと思っています。そして人とのつながりを大事にしてほしい。求めれば、出会いは広がりつながっていく。心通わせた人は、どこかで必ずつながっていると思います。
このことは、これから保育の現場に出ていく学生たちにも伝えていきたいなと思っています。
▶︎栗木節子(くりきせつこ)
永年名古屋市立幼稚園に勤務し、愛知県・全国国公幼の役職や愛知県教育委員会幼児教育担当を歴任し、今年3月定年退職。4月から修文大学 短期大学部 幼児教育学科 准教授。現在、名古屋市幼児教育アドバイザーも務めている。
知育ism2020冬号 誌面の対談記事より